感覚文法

中国語での注意と警告の微妙な使い分けとは?

花火

どんな違いがあるのだと思うかもしれませんが。
注意喚起と警告の違いです。

日本語は語尾上げと語尾下げを駆使してうまく言い分けていますが、中国語には、少なくとも普通话には語尾上げ語尾下げの世界観は皆無です。というか漢字の中にすべて落とし込まれて単語化されてしまっています。(象形文字ワールドすごい…僕は軽く引いてます笑

中国語だと”了”を使って区別しているようです。
※最後に僕の独自の(はちゃめちゃな?)私見も述べていますのでぜひ読んでください。

别在这里玩
别在这里玩了

上の二つの文を見て全く同じ意味だと思わないなら完全に中級者以上の中国語能力があると思います。「下のは過去形かなぁ」と思ったら初心者の方ですね。※ちなみに僕も初心者です。

中国語は厳密には過去形はないです。残念ながらというか、面白いというか…

僕は先日まで違いを何となくでしか理解していなかったですが、最近すっきりしました。

この場合の”了”は日本語の「よ!(語尾下げ)」に相当します。相当するのか?たぶん。異論あるかも…
僕の老师がまったく同じように説明したときは恐れ入りました…

確かにそうです。

”别在这里玩”の場合は注意喚起している意味になります。
そんな風に聞こえませんか?そんな風に聞こえていたらあなたの脳は中国人の語感が備わっています。

”别在这里玩了”は直ちに遊ぶことを中止する警告です。そんな風に聞こえませんか?聞こえますよね?そういう風に聞こえる方が幸せになれます。これは直ちにやめるように警告または強い意味でお願いしているのです。

通常”了”は物事が完了することを表現しています。
物事の状況が変化する時をを表すのにも”了”を使って表すと教科書などに書いてありますが、そうやって文法で覚えるより”了”を感じたほうがいいと僕は思います。※liaoの方の”了”は別単語です。

脱線しましたが、文法的に言えば変化を表す”了”です。
かなり変な言い方ですが「ここで遊ぶを”やらないで”の場所←この状態に変化させて」が”别在这里玩了”です。

逆に”别在这里玩”は「ここで遊ぶを”やらないで”の場所」になります。

そう、これを聞いて最初「ふんふんそうかそうか」と思うんですよね。でもいざリスニングや会話の場になると「これは変化の了だから…えっと、あ、なんだけ?なんて言った?」となりかねないですよね。リスニングではすぐに対応できませんので感覚を養う必要があります。

そこで、結局のところ中国人に言わせると”了”に関して過去を表すときの単語として感覚しているという事実を直視する必要があります。
こちらが変化の”了”の存在を提示しても”了”が過去形であることを彼らは絶対に譲りません(※譲らない人は日本語を研究していない中国人に限る)。

会う中国人の方に僕はいつも「中国語は過去形がないから勉強してるとつらいです」と言うと「了があるじゃないか、过もある。」と言われるのです。(※日本語をあまり研究していない中国人に限る)

5人くらいの中国人にそれを聞いた後は、僕の中で”了”はもう過去感と変化感をミックスした感覚で”感じる”ことに徹することにしました。脳に中国人を住ませるやり方です。(そんなやり方あるのか?)

もうそういうものだと思うしかないですよね。
だって、日本語も変なんですよね外国人からしたら。

「コンビニ行ってくる」なんて中国人からしたら「なんで来るの?行くでしょ?」戻るから来るがあるですよと言っても「来るなんて聞いてない。行くならそれだけでいいじゃん」って。
確かに無駄に補足情報を盛り込んでいますが、温かみありますわねこんな日本語も。「必ず君のもとに帰るから」と言う心がありますわね。

なんだか外国語を学ぶと日本語の良さを再認識させられますよね。

中国語の勉強は英語と違って味わいがあると僕はおもいます。
僕はこれが東アジアの味道か~と思えた時とても興奮します。